パブリック・スピーキング一日観光コース v1

―よりよいコミュニケーションのための第一歩―

青森公立大学 蔵元禮子
九州大学 久米 弘

はじめに

人前で話す場合には、次の2点を十分に考慮しなければなりません。

(1)聴き手は一回しか聞かないこと
(2)音は消えて行ってしまうこと

話す前に原稿を書いてみる人も多いようですが、書くとどうしても「読み手」の構成になってしまいますので、アウトラインだけを書く癖をつけると良いでしょう。アウトラインのみにして、各論点ごとに即興で話す練習をすると、どうすれば「聞き手にわかってもらえるか」が自分にも聞こえてきます。

 

構成を考えよう

スピーチする場合、INTRODUCTION, BODY, CONCLUSIONの三部構成とするが一般的です。

INTRODUCTION:
話すテーマを紹介すること、何故そのテーマについて知る必要があるのかを示すこと、大体の話の流れを前もって示すこと、等がこの部分に当たります。BODY:
内容そのもの、です。論点をわかりやすく解説すること、例を用いて論点を示すこと、論点が聴き手にどのようにかかわっているのかを示すこと、等です。

CONCLUSION:
結論です。聴き手に何を訴えたかったのか、何をして欲しかったのか等を含めてテーマに関するまとめを述べる部分です。

では、まず、INTRODUCTIONの部分からもう少し詳しく述べてみましょう。

1.INTRODUCTION

SIGN-POSTING:

イントロダクションでは、SIGN-POSTINGというテクニックが頻繁に使われます。これは心理的に聞く準備を整えさせる効果があります。つまり、初めに、今日は何について、どのような方法で話すのかを一番先に言ってしまうのです。たとえば、車を運転している場合、「100メートル先工事中」というサインがあれば何のサインもない場合よりも心の準備ができ、対応も可能なので、安心した気持ちで運転を続けられますね。これと同じです。
授業の初めに、今日はこれこれについて話すと予告し、黒板の隅にそれを書いてあげると「目標」ができます。いきなり話し始めるより、「前回はxxxの話でした。今日はxxxについてもう少しzzzの観点から詳しく見ていきます。そして、後で、皆さんにwwwというゲームをしてもらいますので、xxxの話を良く聞いて居て下さい。」といった具合に進めればいいでしょう。

THEME:

イントロダクションのエッセンスはテーマの紹介です。今日は何について話すのか、前後の授業とどのように関連しているのかを常に念頭に置きましょう。往々にして学生達は、昨日なにを聞いたのか忘れてしまっていますので、わかっているだろうと勝手に推測し、いきなり内容に入るのは決して効果的なことではありません。

GOALS:

聴き手のためのゴールを設定します。イントロダクションでは、さらに、何を目標に講義が行われるのかを示すことも大切です。ゴール設定をし、クラス全体が授業の最後にそのゴールを達成できるように示すことです。
「今日はマズローの欲求の段階説を覚えましょう。それが、コミュニケーションとどう関わるのかを人に説明できるようにしましょう。」
という具合です。

それから、そのテーマを学ぶことが聴き手にどのような利益を与えるのかを示すことも大切です。例えば、

「マズローの説を知ることによって、何故挨拶することが大切なのかがわかってきます。何故部長の名前をしっかり覚えることが大切かもわかってきます。挨拶できない××大生より、挨拶できるあなた方○○大生のほうが会社では高く評価されるでしょう。」

つまり、イントロの部分で少し報酬をほのめかせることによって、聞く動機を作るわけです。

イントロダクションを聞いて聴き手が「おもしろくなりそうな話」と心で思ったら大成功です。イントロダクションで「あーあ、なんでこんなつまらない話聞かなくちゃいけないの」となったら、後の話は上の空です。

イントロダクションを軽く考えてはいけません。この「おもしろそう」のATTENTIONを引きつけるにはイントロダクションをよく練って考える必要があるのです。簡単そうで難しいことです。

ATTENTION を引きつけるには、

笑顔で始める(聴き手をリラックスさせる)
おもしろい話をする
新聞等の切り抜き等、VISUAL AIDを使う
質問をする
体験談を話す
数字を示す(○○大生の90%がこの悩みを抱えているそうだ等)
ショッキングなニュース
誰でも体験するような話

等、いくらでも方法があります。

工夫すればいろいろ手は出てきます。自分の個性に合わせて聴き手を引きつける工夫をしましょう。自分の性格に無理のいかない手で話し始めるといいと思います。
つまり、(筆者のように)「ふざけること」があまり得意でない話し手が、「冗談でみんなをリラックスさせてみよう」と思っても無理があります。自分にとって最適(COMFORTABLE)な方法を編み出しましょう。

2.BODY

内容は聴き手がアウトラインを把握できるようにまとめることがコツです。たとえば、

  1. MAJOR POINT 1
    1. MINOR POINT 1
      1. EXAMPLE
    2. MINOR POINT 2
      1. EXAMPLE
      2. EXAMPLE
    3. MINOR POINT 3
  2. MAJOR POINT 2
    1. m 1
    2. m 2

という形に聴き手の頭にアウトラインができる時、聴き手は話し手の内容を良く理解することができるのです。従って、話し手もこの要領で話を進めるのがコツです。

例えば、15分を一区切に考えてまとめ、15分もしくは30分で解説したら、できるだけACTIVITYをさせて、学生が体験できるような授業を心がけていはいかがでしょうか。

論点の解説を始める時は結論を先に述べると聴き手の頭に残ります。結論−解説−結論と繰り返すことによって、音だけで記憶しようと努力している聴き手を助けることができます。

論点間のつながりを明確に示すことも大切です。ポイント1を解説しました。ポイント2に移ります。ではポイント1とポイント2はどのようにつながっているのでしょうか。このつながり、つまり、論点の展開をTRANSITIONで上手に示さないと、聴き手は混乱します。

3.CONCLUSION

結論は簡潔に、です。まず、全体を軽くまとめて、最後に強調したかった点を繰り返す程度。そろそろ終るなあという心理が働いていますので、だらだらと繰り返しては逆効果です。例外や反論、留意点等もここで手短にまとめるといいと思います。初めから反論などを詳しく入れると聴き手は全体の流れを失いがちです。ですから、「しかし例外にも留意されよ。」と最後に促すことで、論点を失わず、且つ、狭義的にならずに話をまとめることができます。

CONCLUSIONの部分では、ATTENTIONの部分同様に、何か耳に残るインパクトのある逸話や格言等で終ることも効果的です。マッカーサーの「老兵は死なず、ただ去り行くのみ」などはその良い例です。しかし、授業の終りにはふさわしくない場合もありますから、テーマに合わせてあまり劇的にならないように、アレンジしましょう。

以上のINTRODUCTION, BODY, CONCLUSIONを与えられた時間に合わせ、どこに中心を置くか考え、臨機応変にアレンジしましょう。できればAUDIENCE ANALYSISを事前に行い、聴き手はどんな人々であるのかを把握して内容をアレンジすると良いでしょう。

 

ノンバーバル・コミュニケーション

さて、アドバイスはここで終りません。この基本的な3段階の話し方で構成することに慣れてきたら、NONVERBAL COMMUNICATIONも訓練すると良いでしょう。

話の内容がどうであれ、専門用語で相手を煙に巻くことができるという事実は、ドクターフォックス仮説で証明されていますね(Cory, C.T., ed.,”BafflegapPays”, Psychology Today 13,(May 1980):12) 。俳優に頼んで”Mathematical Game Theory as Applied to Physical Education”というテーマでやたらとわけのわからない専門用語で講演してもらったところ、本物の学者達が、「素晴らしかった」と言ったとか。これは言語同様に、この役者のノンバーバルがもっともらしかったからであるとも言えます。

ノンバーバルをタイプ別に見ながら、注意事項をまとめてみます。

FACIAL EXPRESSIONS:

あまりオーバーにする必要はありませんが、話の内容に合わせて少し派手気味の表情をする方がいいでしょう。教室では先生と生徒の間に距離がありますから、少しオーバー気味でも聞く方には退屈しなくて良いでしょう。

EYE CONTACT:

以外に思うかも知れませんが、目線を合わせて下さい。もしかすると「俺の方ばかりにらむ」と反発する学生もいるかもしれませんが、それでも、「自分を見てくれた」という喜びも多いのです。段々目線を合わせることに慣れてくると、全く自分など見てくれなかった昔よりはこっちの方がいいなと思うようにもなります。「見てあげる」という行為はそれだけで子供達を励ます効果があります。

BODY MOVEMENT(KINETICS):

体の大きい人、小さい体型は十人十色ですが、自分のサイズが相手にどのようなインパクトを与えるかを考えましょう。身長が187cmもある男性の先生があまりそばに寄ってくると、先生は親しみを表そうとしていても体の小さな学生には脅威かもしれません。また、あまり手足を動かしすぎると、子供は先生の癖を観察することばかり夢中になってしまいますので、手足をじたばたさせないようにしましょう。発言を促す時も、人指し指で「君」とさすより、手のひらを上にしてきれいにそろえ、「どうぞ」の形で発言を促すと学生の恐怖感が少し薄れるでしょう。いつも教卓の後ろに引っ込んでいないで、積極的に学生の方へ近づいて話をしましょう。「先生がそばにくる」のは初めの内は怖いものですが、慣れてくると「自分のことも忘れないで居てくれる」という嬉しさに変わるでしょう。

TOUCH(HAPTICS):

今はセクハラ等で難しい問題ですが、あまり考えすぎず、できるだけタッチしてあげましょう。特に反論等の後に、グループを回るときFOLLOW-UPの意味で肩を軽く触るといったタッチは、「先生はもう怒っていない」というメッセージを伝えてくれるはずです。おはよう、元気か、等の時もそれが自然な形でできる状況なら積極的にタッチしましょう。研究室のドアを出る時なども軽く背中を押すような形で「じゃあまたね」というだけでもいいのです。このタッチの差でインパクトも変わります。

SPACE(PROXEMICS):

日本では先生と生徒の距離はかなり離れているようですが、これを少しずつ縮めていってはいかがなものでしょうか。少なくとも筆者の経験では先生が積極的に近づくのを初めから終わりまで抵抗し続ける学生はいませんでした。向かい合わないでコーナーに陣取って座って話すとか、話し合いの時には、椅子に座って目線を同じにする。また、学生が話している最中はその学生の前まで椅子を引き寄せるようにして聞くとか、工夫すればいくらでも距離を近づけることはできます。授業中も面倒くさがらず、教室中をかならず何回か回るくらいの気持ちで近づいても良いのではないでしょうか。

VOICE(PARALANGUAGE):

ノンバーバルで一番コントロールしにくいのが声だと言われています。「怒ってないよ」とは言っても、声には「ばか者」というメッセージが入ってしまっているのを子供は敏感に感じます。何事にも短気に走って物事を決めつけてかからないように普段から自分の弱い部分をコントロールできるように努力をしましょう。声にエネルギーがないと、学生を引きつけることはできません。声に覇気がないと学生に訴えることはできません。エネルギッシュな声、覇気のある声、明るい声、はきはきとした発音を心がけましょう。先生が元気だと学生も元気になります。先生が元気がないと学生も元気がでません。なんといっても、まだ自主的にものごとに向かう癖をつけていない高校生ですから先生の声に気力と愛情があふれていることが大切です。

CLOTHING:

服装は大切です。女性ではあれこれ細かい模様のある柄や装飾品をさけ、できるだけシンプルにかつ自分らしく装いましょう。たとえば細かい柄のフカーフなどしていると、ファッションに興味のある学生はそれが何であるかを知るまでスカーフに気をとられるでしょうし、あまりあれこれの装飾品をつけていると、それに注目して、話を集中して聞かないことうけあいです。初めの5分間で品評会を終らせ、後は講義に集中できるようにシンプルなデザインを身につけて人前に立つことが、話に聴き手を引きつけるコツです。
また、男女とも服装は清潔にしよう。衿や袖口の汚れ、しみ、ふけ、鼻毛、耳あか、などは以外にも彼等が鋭くチェックしているポイントです。人の前に出る時には相手に不快な思いをさせないように心配りするのが大切です。たとえ高校生でも「不快さ」を感じることには変わりありませんから、「そんなことばかりに気をとられないで、ちゃんと勉強しろ」とどなっても、それとこれとは話が別問題であって、議論のすり替えをした先生の方が負けです。

 

おわりに

コミュニケーションに関しては「一朝一夕」に「実践」できるものではありません。当然のことながら、地道な練習が必要になってきます。訓練方法を付け加えておきますので参考にしてみてください。

(1)アウトラインに沿って即興で話す練習をする。
部分部分での練習をする。
時計で時間をはかり、テープに声を録音し、聞いてみる。
ビデオに撮影して、自分の表情、体の動きを観察する。(2)たとえ自信がなくても、「これは大切なことだ」と自分に言い聞かせて自分の判断を信じて話す。「先生の話つまらない。」と時に反発されるかもしれないが、自信を失わず、自分なりの視点を示し、何故それを大事に思ったかを主張することは大切。子供は子供なりに後でよく考え直す。

(3)普段からSELF-ESTEEMを高く、強くできるように努力する。
高くて強いSELF-ESTEEMがないと声に覇気が出てきません。声に信念がこもっていないと子供の心に響きません。